前回は、サイト立ち上げについて書きました。

 

今回はお金の話しです。

 

脱サラをする前、会社を辞めたら今後毎月決まった給料は入らないので、身軽になりたいと考え、とりあえず大きな借金である家のローンは繰り上げ返済。
これで、貯金はほぼ無くなりました😥

 

まだ娘も小学校2年生でしたので、大きなお金が必要になるまではまだ時間的余裕があるとの目論見の元、2003年3月、44歳で20年間勤めた会社を退職。
少ないながらも、退職金は出ましたのでローン返済でスッカラカンになった貯金も少しはできました。

 

ところが・・・

 

三扇ジュエリーでの修業の回に書いたとおり、その仕事で貰える給料はとても安いものでした。

先輩職人の言葉を借りれば、

 

「マクドナルドの高校生のバイトより安い時給!😯」

 

週6日、朝9時~夜9時過ぎまで働いても月に10数万円。

ボーナスも無く、年収でみればサラリーマン時代の1/5以下と大きく落ち込みました。

長時間働いても稼げないまさにワーキングプア。

 

お金だけが全てではないとは分っていても、どんだけ働いても稼げない自分が情けなく思え、何か自分が社会から求められていないような、自分に価値が無くなったかのようで心が荒んでいくような感覚に襲われました。

 

会社勤めをしていた頃に新聞やテレビで最低賃金ギリギリで働いて生活している人々の話題を見ると、
「大変だなー」
とは思っても、ただ思うだけ。
その人たちがどんな思いで日々を送っているかまでは考えが及びませんでした。

 

しかし、いざ自分がその立場になってみて初めて、稼げないという現実の心の面も含めた大変さに気付かされたのです。

 

お金を使うということに非常にナーバスになって、自販機で100円の飲み物を買うことすら控え、家から水やお茶を持っていく。
家族で外食などもほとんど無し。
節約節約の暮らしです。

 

 

嫁さんは嫁さんで、パートですが勤めに出て家計を助けてくれ、後から聞いたことですが買い物の時は特売品やワゴンなどに置かれている賞味期限が迫った値引き品など、以前は買わなかった安い商品を積極的に選んでいたそうです。

 

 

修行先で朝から晩までジュエリーを磨いていると、ふと頭の中である曲が流れるのです。

それはフォーク歌手、岡林信康のチューリップのアップリケという曲の2番。

 

 

ご存知ない方のために歌詞を載せます。

 

♪♪♪♪♪♪

うちのお父ちゃん 暗いうちからおそうまで
毎日くつを トントンたたいてはる
あんな一生懸命 働いてはるのに
なんでうちの家 いつも金がないんやろ

 

みんな貧乏が みんな貧乏が悪いんや
そやでお母ちゃん 家を出ていかはった
おじいちゃんに お金のことで
いつも大きな声で 怒られてはったもん
みんな貧乏のせいや お母ちゃん ちっとも悪うない

 

チューリップのアップリケ ついたスカート持って来て

 

お父ちゃんも時々 こうてくれはるけど
うち やっぱり お母ちゃんにこうてほしい
うち やっぱり お母ちゃんにこうてほしい ♪

♪♪♪♪♪♪

 

 

このYou tube で曲を聴いた方、暗~い気分になっちゃいました??
もう少しです。ガマンして読み進んでくださいな(^_^;

 

修行先で高価な指輪を磨く仕事をしながらも、自分自身は稼げない現実があり、そのうちにやがて家計が立ち行かなくなり、家も売らなければならなくなり、一家が路頭に迷う、ニュースで時々耳にするホームレスになって路上生活に、なんていうことが頭をよぎったことも正直何度かありました。

 

修業を続けながら、前回までの記事のように委託販売、手作り市への参加、クラフト展、ネットショップの開設など色々と試行錯誤を重ねましたが、なかなか安定した販売には結びつきません。

 

それでもこれらの活動に加え、ありがたい事に知人や勤めていた会社の同僚、先輩、後輩らが応援の意味もあったかと思いますが、注文を下さり、

手作り市に参加した2005年は55万円ほど、サイトを開設した2006年は70万円ほどの売上げがありました。
この数字は売上げ金額ですので、残るのはここから材料費、経費を差し引いた額ですが、それでも注文を下さる気持ちが本当にありがたく、嬉しく思いました。

 

そんな調子ですので、2003年に得た退職金もドンドンと目減りして、娘が小学校6年生になる2007年には
「もうこれだけしか残ってないのか?😨」
というレベルにまでになったのでした。

 

貯金がなくなっていくというのは、本当に心細いものです。

 

 

 

そういえば、東京のジュエリー卸販売会社から修行先の三扇ジュエリーに1点物で16カラットと、とてつもなく大きなダイヤのリング制作の仕事が来たことがありました。

 

そのダイヤはオーバルカット(楕円)で、長径が20mm(1円玉の直径)ほどだったと思いますが、私はゴールドの平打ちリング部分の制作を担当しました。

 

社長から聞いた話しでは、そのリングの末端販売価格は6500万円(三扇ジュエリーへは、わずかばかりの工賃しか入りません)
で、お客さんはIT企業の社長夫人。
なんと6500万円をキャッシュでお支払いだったとか 🤑
お金はあるところにはあるもんです。

 

一方私は世間的に見れば非正規雇用の中高年フリーター。

当時流行った『勝ち組』『負け組』という言葉をしみじみと感じたものでした。

 

やることなすこと、ことごとく上手くいかない現実を前にして、気持ちが後ろ向きになるところを、

「これは独立して自分で仕事を始めるという夢に向っている途上であり、ここが頑張りどころだ!」

と気持ちを切り替えて、必死で仕事を続けたのでした。

 

さて、次回から物語りはいよいよクライマックスに。
状況改善に向けて次なる一手を打ちます。
お楽しみに。

 

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最後に一言。
給料のことで修行先の三扇ジュエリーに不満があった訳ではありません。
安い下請け工賃からみればそれは仕方のないこと。
また、もし高い給料が貰えていたらそこの仕事で妥協してしまっていたかも知れません。
その意味では安くてよかったのかも、と今では思っています。

 

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代表プロフィール

春日井 利光
春日井 利光
むちゃくちゃ忙しい宝飾店の工房で10年の修行の後、独立。
ある二組のご夫婦との出会いをキッカケに、二人で作るマリッジリング(結婚指輪)のプログラムを始める。 お二人の大切な思い出と共に残る結婚指輪の手作りを全面的にサポートしています。
工房南十字星へのご相談はこちらから
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